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【第1回】新人社員にメンタル疾患の傾向がみられる場合の原因は?

2017.05.11
栗原 雅直(くりはら まさなお)医師
東京生まれ。東京大学医学部医学科卒業、東大病院精神神経科に入局。1960年東大大学院生物系研究科博士課程修了。医学博士。2年間のパリ大学留学後、東大病院医局長、1966年虎の門病院勤務。初代精神科部長。川端康成の主治医を務めた。1990年大蔵省診療所長。財務省診療所カウンセラー

新人社員と心の病の関係

 職場環境にうまく適応できず、ストレスで体調が悪くなった人を、診察することが多くなりました。本人には心理的な病気という自覚がないため、最寄りの診療所で風邪や下痢と診断されて欠勤に至ります。一見してそう悪くはなさそうなのに、いつまでも出勤できなかったりします。中でも新入社員で研修もまだ終わらないうちに休み始めたりする人の場合、人事課は対処に困るケースも。

 本人には心の病気という自覚がないため、心療内科などへ受診することを考えてもいません。企業側も社員の出勤状況がはっきりしない中で、研修せずに職場に配置してよいのか、或いは普通の職場にも不適応だろうとレッテルをはって、本採用をやめるのかの判断に悩みます。

 新入社員の場合、職場環境に不適応が、原因として挙げられますが、はっきりメンタルな問題だという本人の自覚がないため、受診先の医者も、体調不良が心の問題と考えが及ばないケースがあります。

 どうやって適応させるかいう観点か治療を行う必要がありますが、本人が心の病だと思っていない場合、治療に着手するまでに長い時間を要します。企業側も、適応障害と決めつけて、辞任するよう迫るわけにもいかず、本人も辞める気がない場合、トラブルに発展することも。

 企業側の立場から見ても、仮採用の段階であれば、採用しないことが会社としては無難な決断だと考えられますが、働き手から考えるとメンタル疾患のレッテルが付いてしまえば、これからの長い人生にとって大きなハンディになりかねないため、企業も慎重な対応を迫られます。

 特に、日本の企業は一種の文化により人を採用するとき、旬(しゅん)の期間が短く、一回勝負であることが多いため、ドライに首を切る結論は選択しづらくなっています。

 新人に適応障害がおこる場合にぜひ押さえていただきたい、基礎的な知識を2つ紹介します。

1.人の心をバスタブに例えるバスタブ曲線 

 人間の事故や病気は、出来たてのときの初期故障と、くたびれて末期状態になったときの疲労故障とがあって、それは西洋バスタブのような頻度曲線になっています。

 就職したての時期には、人間の赤ん坊の時期と同じように、いろいろな不具合が起こりやすいと言われており、研修中に環境の変化に耐えられず、身体や心の病気になったり、もう完治したはずの昔の病気が、環境激変のために再発したりすることが、かなりの頻度で見られます。

2.うつ病兆候が体の不調として現れる「仮面うつ病」

 精神的な問題のために身体の状態が不調につながることがあります。内科の病院をあちこち受診してもなかなかよくならず、会社を休み続けることに。

 九州大学病院の池見酉治郎教授は、身体の症状が心理面に影響されることが多いことに気付き、戦後すぐの時代に「心療内科」という部門を九大で立ち上げたましたが、当初はずい分偏見に悩まされたようです。しかし今日では心療内科部門が一番盛大になっています。

 身体の病気のようにみえ、実際に身体の不調が起こっているが、実は心の病である状態を「仮面うつ病」と呼びます。抗うつ薬を使ったらすぐによくなることが証拠だと主張されました(もっともそれは「抗うつ薬」のメーカーが自分の会社の薬を売るためのポリシーと言われたりもしていますが)

 心の問題が身体の症状として現れるといった意味で、こういった病状は「身体化障害」という名前や、あるいは「心因反応」「適応障害」などと呼ばれています。病名の付け方は医者がどういうファクターをより重視しているかの観点からの違いと言えます。

心の病はまずは自覚を促すことから

 治療としては、抗不安薬ないしは抗うつ薬(それと睡眠薬)などを投与して症状をやわらげるとともに、さらにカウンセリングなどでこれが「心の問題」であることを意識させることが必要です。また職場での環境調整を図らねばならないが、これは一朝一夕にうまくいかない場合も多いでしょう。その場合、まず誰が責任をもつ担当者であるかを決め、とくに新人の場合、対処方法について早期に解決すべきことを意識する必要があります。